2019年9月のお彼岸までに、親戚に報告書を配りました。
今回は母方先祖調査のその後を書きます。
ネットサーフィンしていたら、たまたま、祖父の実家の江戸時代以前の領主様の御子孫の文章を見つけたのです!!
先祖調べされたことを文章にまとめられていました。
そこで、祖父の実家のある地区の歴史が、文章化されていることを知りました。
町史より狭い範囲なので、図書館にはない資料です。
(この資料については、のちのち歴史民俗資料館に問い合わせをしたときに、いつ書かれたものか、また、どなたがまとめられたものか分かりました。また、資料館の方では、その資料を把握していなかったので、領主様に提供していただけなかったら、存在を知らず、見ることができなかった!ということで、領主様には、感謝感謝です。)
ところで、
江戸時代の先祖の初代、二代目が、玄侑宗久様の福聚寺の過去帳になかったことから、どうしてだろうと思っていました。
三春昭進堂様から、領主がお寺ごと持っていってしまうことがある!ということをお聞きしたので、旧領主様の移転先でのお寺について手紙を書いてお聞きしました。
移転先でのお寺について、調べていただきました。
また、移転先では、江戸時代から明治時代になった時、お寺が移ったようでした。
(時代が変わると、そういうことがあるのですね!!)
しかし一番お聞きしたかった、江戸時代以前から江戸時代についてのお寺については不明なそうです。
更に、貴重な地区資料のコピーを送っていただきました。
貴重な資料から、ななんと、江戸時代より前の影山家の先祖名が判明しました。
江戸時代以前に、そこに住んでいたということです。
ただ、百官名というモノで、実名は分からないのです!!
しかし、のちに、おおおおおおおお という風になります。
現在、念には念を入れて、調べ中です。分かったら、江戸時代以前と江戸時代が繋がって、ビンゴです!!
次回、おおおおおおおお となったことを書きます!!
(2019年9月末)